若き学校卒業者の為に
三菱造船株式会社
岡 野 保次郎氏
略 歴ーー明治二十四年茨城県に生れ、大正六年東京帝国大
学法学部を卒業同年三菱合資会杜に入杜、大正七年から十一年
まで三菱造船より派遣せられロンドンに駐在、帰朝後長崎造船
所に勤務、同所副所長、名古屋航空機副所長、同所長等を歴任
し昭和二十一年十二月三菱重工業最後の杜長に就任、同二十五
日本、新三菱重工、三菱造船三杜の相談役に就任、現在に至る。
その間昭和二十六年夏第三十四回国際労働会議に目本代表とし
て出席し、当時ILOのアウトサイダーであった日本を参加国
として復帰せしめらる。昭和三十四年産業関係功労者として藍
綬褒章を授けらる。
本冊子は当杜の岡野相談役が旧三菱重工の要職を歴任された時代繁忙の間をぬって独身
寮の若き学卒者達に教示された言葉の記録である。戦前戦後の間における氏の言行を通
して三菱精神の奈辺にあるか、又職場人としての人間完成の道について多くの示唆と指
針が与えられると思われるので深く味読されることを希望する。
若 き 学 校 卒 業 者 の 為 に
岡 野 保 次 郎
○多年の合宿経験から寮生活を横に見る。
○友誼関係を第一義とす。生涯を通じて「寮の友」が一番懐しい。幾年か経て勤務場所
を異にしてから、出張等の時一番会い度いと思うのは昔の寮友である。寮生活の相当
期間に心の友が一人も出来ない様な男は須く自省すべきである。
○友は多く作る事に苦心せず失う事を恐れよ。利益になる友を一人でも多くと鵜の目鷹
の目見付ける事を考えず、自分の様な馬鹿な者でも相手にしてくれる者に感謝し一人
でも出来た友は失う事を恐れよ。
一
二
〇会杜に於ても各部門に「寮の友」を見出す事は仕事の上から言っても便宜な点が多い。
「オイ頼むよ」と言い得る心易さは「寮の友」にのみ望み得る特権である。
○寮は智を磨く所ではなく人間を磨く所である。学問の勉強の方は寮生活の間はお留守
になってもよいから精々此の間に人問らしさ男らしさを学ぶべし。
○秀才と言われようとして焦る勿れ。真剣に与えられた仕事に没頭することが則ち普通
の意味の勉強以上の実力養成方法なり。
○馬鹿と言わるゝ事を恐るゝ勿れ。軽蔑さるゝ悧口者と言わるゝよりは寧ろ尊敬さるゝ
馬鹿者と言わるゝ事を期せよ。
○最少の労力を以て最大の効果を収める西洋経済学の信奉者は嫌いだ。損をしない様にと
のみ考えず寧ろ最大の労力を以って最大の効果を収めることを期する位の勇気を持て。
無駄足を踏む事を厭わず「無駄足も良い経験」と考える位の余裕を持て。
○時には「犠牲的精神を発揮するんだ」と考えよ。そして時には「その考えを実地に応
用したのだ」と自分丈で満足する機会を持て。此の機会の多い者程磨かれる時機が早
いものと知れ。
友達の附合等では寧ろ如何にして損をするかと苦心せよ。損をさせた相手から見れば
借が出来た形となる。但し此の種の借は出来る丈早く返すという気持のところに美し
い友情が生れる
○学校生活と会社生活の相違点を自分で考えよ。学校時代には間違えば先生の方から進
んで教え導いてくれたが会社は自分で自分に教える(考えを悟る)世界である。
而して目的を成るべく早くはっきり掴め。物の方向を先ず正しく定めよ。
三
四
〇先ず正しき心構えが第一也と心得よ。成るべく早く会杜の統制に服し自分の職場の組
織を知れ。而して自分の仕事を中心として勉強せよ。人間の真の実力は地位の低い若
い間に築かれるのだと言う事をゆめ忘れるな。
一日も早く自分の関係ある仕事に付不明の点を出来る丈少くせよ。
○如何に考えて苦心しても判らないか又は結論に達しない場合に初めて先輩の所へ行
って其の内容を説明し其時迄に自分の力相応に達し得た結論を示して判決を乞え。其
の先輩は斯かる労した人には必ず親切に教えて呉れるであろう。而して斯かる人に対
しては三菱には親切に教えて呉れる先輩が綺羅星の如くあるものと知れ。
○真の男であるならは労せずして而も自分の意見を何も言わずして唯「どうしましよう
か」と先輩に尋ねる卑屈さを止めよ。そんな意気地なしの男に対しては三菱の先輩は
余り親切でないから「もう少し考えて君の案を持って来い」と突放すであろう。
○然し余り遠大な夢の様な理想にのみ生きる事を止めて眼の前の近きより不言実行せ
よ。先輩の眼から見て何一つ一人前の事も出来ずに大言壮語のみして偉らそうに見せ
様と焦っている若者の姿程見っともないものはない。勿論斯く言う事は「遠大な理
想は持つな」と言う意味にはあらず。表わす言葉は悪いかも知れぬが須く青年は「野
心家」たれ。但し其の上にノーブルの字を冠せられたる野心家たれ。即ち正しい上品
な希望に生きる野心家としての気慨を持ち実行の方は所謂童子の足下でも踏むを厭わ
ぬ謙譲さが欲しいと言う事である。
○諸君の各々が将来三菱を背負って立つのだとの自負心を持て。常に自分は三菱を代表
して居るのだとの自覚を失うな。
五
六
○白由を尊重せよ。而も「責任ある自由」を。白由の存する処必ず責任のある事をゆめ
忘る勿れ。責任なき自由は野獣の道徳なり。
〇「鼻つまみ」の人間になる勿れ。嫌われ者になるな、人気者になれ、愛嬌者になれ。
冷淡なる人間は排撃せよ。常に熱を持て。熱なき鼻つまみの人問に大事業の完成は思
いも寄らず。
○失敗談は大袈裟に、功名談は内輸に。但し武勇伝は此の限りに非ず。
○自分が話の中心となる事にのみ愉快を感ずる事を避けよ。成る可く聴き上手となれ。
○公衆の利益は何時も個人の利益に先立つことを胸に置け。他人の迷惑を考えられぬ人
間は此の世に長生きする資格に乏しき者たる事を自省せよ。
○金銭は大事にすべし。考え使え。但し愛す可からず。
○人は一にも二にも愛すべし。愛より出づる鉄拳は時に掬すべき味ある事もあり。但し
濫用すべからず。
○時に涙ある人間となれ。但し自分を悲しむ涙より他人を思う涙の方が尊きものたる事
を味覚体験せよ。
○俺は偉らそうな先輩面をして君等に対して教える考えは毛頭ない。勿論君等のやる事
を見て居ると時に危っかしくて手を出さずには居れ様な気がする事はある。丁度酔
払いが深山の丸木橋を渡るのを見ている様な気がする事がある。隣のコンクリートの
大通があるになあと思うことがある。然しそれでも黙って見ていると若い者の元気で
七
八
何うにか斯うにか彼岸に達する。そして後ろを向いて俺の顔を見てにやにや笑って居
る。そんな時には俺も年を取ったなあと考える。年寄の冷水にだけはなり度くないと
痛感する。
○若い時の苦学の経験は白慢にはならざるものと知れ。但し貧乏に屈託して僻み根性を
起すこと丈は警戒せよ。
○金があって時間があって屈託なしに勉強が出来て而も金に捉われず他人の察しの出来
る男であったら真にぼうっとした大人物が出来上り得ると思う。但しそんな男は察し
がつかぬ丈玉に瑕なり。
以 上(昭和十四年九月二十九目)
続 若 き 学 校 卒 業 者 の 為 に
○私は若い者が好きである。名古屋航空機の副所長として着任後直ちに寮の方の世語を
買って出たのも実はそのためである。
特に三菱には学校時代に学術、人物、共に優秀な者ばかりが入杜するので各寮生とも
必ず何処かに見処がある者許りだから親身になって指導する仕甲斐があるとつくづく
感じた。
○第一若い者には私自身非常に教えられるところが多い。若さの誇り即ち人生の将来に
対し希望に充ち喜び勇んで居る様は恰も若鮎の如くピチピチした所謂溌刺たる気分が
漲っている。万事に積極的である。元気と頑張りで無理に彼岸に達しようとする。
但しこれは真に若い者らしい若い者の姿である。
九
一〇
○一方世問ではよく学校出の人々は熱がないとか又事を為し遂げるき気魄、迫カが乏しい
とか、或いは学生時代に試験勉強で精根を使い果した為かどうも頑張りが足りないな
どと言われるのも聞くが私は之にも同感である。特に専門学校以上の卒業生の一大欠
陥は追カが足りない点であると思う。
○尚当杜の寮生ではないが、学校出の人は生じっか頭が発達して物を知っているために
その知識を逆用する傾向がある。即ち他人の良い事は冷淡に「ケチ」を付けたり、又
自分で努力してやらねばならぬことに成可く骨折を惜んで楽をして自分が先には決し
てやらないように考え、而も他人がやつて良かったら自分もやろうと考える。そうし
て之に対する弁解としては巧い理窟を付けたり、口実を設けたりしてやらない理由を
胡魔化そうとする。之は確かに知識の悪用である。要するに学校出の人間が卑怯なり
との悪評を受けたり、又は迫カがないと悪口を言われたりする原因ば此処にあると私
は信ずる。自ら求めて難に飛び込むの勇気に乏しいからである。
○寮生活の間に技術側の者も、事務の人もは将来何をやるべきか、どういう風にや
るべきか。人生は只学問を鼻に掛けたり、知ったか振り許りして毎日をボンヤリ過し
て居っても仕様がないのだから先ず眼の前の小さい問題でもよい一つ一つ解決して行
って之を直ちに実行に移せ。その実行の仕方も熱と努力とを以って生命を打込んで男ら
しくやれ。中途半端な熟したのか腐ったのか訳の解らぬ、くよくよ女の腐った様な仕
方は止すことが最も大事な点であると思う。
○常に自分から求めて難局に当る稽古をせよ。貧乏籤を引くことに平気になれ。犠牲的
精神を発揮することを愉快な気持で出来る様になれ。之が真の人間になれるか、なれ
ぬかの分れ目である。
○将来大事業を成そうとする青年は余りにも自分の事許りをこせこせと考え過ぎるな。
一一
一二
自分の親、兄弟の事のみを思い煩い、それ以上のことが考えられぬ様な男は大人物と
はなれぬと思え。
○私が常に言う様に事を為すに当って迷い掛けたら必ず「本末軽重、善悪邪正」と云う
尺度を直ぐ思い出す習慣を付けよ。そして常に自分は「重きに従って処断し、正しき
に従って行動するんだ」と、一分間退いて考えて見よ。大低の事は片が附け得るもの
だ。尤もそれでも何れが重いか、どちらが正しいか判らぬ時は親友又は先輩に相談せ
よ。
○常に自分の行くべき道は最後には自分で切り開いて行くより外には無いんだと云ふ悟
りを開け。放って置いたら誰か何とかやって呉れるだろうと思う依頼心は捨てよ。
〇一生天に向って「神様」と大きた声で哀願し続けてもそれ丈では発展はしない。矢張
り最善を尽して努力し続けて居る男を神様は認めて呉れるのだ。「天ハ自ヲ助クル者
ヲ助ク」
○人生は、特に男は何処までも強く生きよ。正しいと思うことを直ちに断行する勇気を
欠く奴は消極的の悪人だと感ぜよ。
○男は一度やり始めたら必ず最後までやり抜くと云う習慣を付けよ。途中で止めると自
分ながら何となしに気持が悪いと云う所まで行け。
○男は倒れるまで悲観するな。くよくよと溜息と思案許りして居ても人生は好転はしな
い。努カによってのみ好転するのだ。
○所謂男らしい男と云うのは今までの知識と経験丈は極度に活用はするが、あとは熱と
一三
一四
度胸で凡てをやってのける勇気のある男を指すのだと私は信じて居る。
○真に人間、実力のつくのは若い内であることを悟れ。「よし、俺が一番若い様だから
引受けてやろう」と再々進んで引受けて居る内に、どんどん実力を増して行って代理
が本人と同じ或は本人以上の経験、実力が備わる様になった例は幾何でもある。秘書
官の中、心ある者が将来伸びた例が多いのは此の間の事情を物語る。又幹事が何時の
間にか其の会全体を牛耳る様になった例の多いのも此の理なり。
○然し若い者其人としては何処までも椽の下の力持の積りで居らねば
(後で上役の地位を乗取ってやろうと云う野心家は
)中途で上役に其野心を見抜かれて挫折する。「あの男は若いのに実によくやるが、其の割合に酬いられなくて気の毒だ」と絶えず上役
から借勘定に思われて居る態度でなければ不可なり。
○又上役が常に気の毒と思って居るのに若者自身が口に出して不平を云うたり不満を洩
したりして了うと上役から見れば今までの折角の借勘定も帳消し即ち零になって了う。
常に上役に対して貸勘定に立つ事、之が即ち人間使われ方の真諦なり。
○男は心積り丈でも「投、神に入る」と云う所まで必ず行くと云う意気込でなければな
らぬ。人並で満足してはならぬ。其の為には所謂凝り屋にならなければならぬ。
○「その事なら彼の男に限る」又は「その事なら彼の男の所へ持って行け」と言われる
までになればしめたものだ。但し「俺も之で相当なもんだ」と思い掛けた時は其の男
の芯止りになりかけた時と思え。
○私は今まで非常なる才子、即ち他人が一年位でマスターする事は三ヶ月位で直ぐ上手
になって了う様な何をやらしても器用た男が必ずしも大成しない例を沢山知っている。
一五
一六
この種の男を良く見ていると普通の人より早く人並以上迄にはなるがそれ以上は真面
目に努力するのが馬鹿らしくなるらしい。従って移り気で其の次の他の新しいものに
喰い附いて行き一生所謂「新しいもの喰い」で之と云って大成しないのだ。
○よく世間では「イザとなったら俺だってやるよ」と云う人があるが、斯う言う男に限
って人生の半分を過してしまってから後の半分の陣頭か陣後かに立って後を振り返っ
て「あの時やって置けば良かったのだが今となってはもう遅い、駄目だ、惜しい事を
した。然しこれは自分だけが特別に不運で不幸で、やろうと思っても周囲が出来させ
ない様に出来ていたんだ。自分が悪いのじやない。周囲の境遇が然らしめたのだから
自分の責任ではない」と自分の心に言い聞かせてくよくよしながら自ら慰めるのが普
通である。結局斯んた男は一生を「イザ」とならずに、尊い人生を勿体ない一生を何
故に「イザ」となれたかったかの言訳をするために生きて居る様なものである。こん
なことでない様若い者はよくよく考えた方が良いと思う。
○即ち「ラストヘビーなら馬鹿でもやる。打つべき手、実行すべき手段があるなら今直
ぐに打て」と云うことである。然も打つ以上は若い中は常に人生を直視して真剣勝負
の積りでやれ。死の覚悟で毎日の仕事にぶっかれ。そして生き延びたら後の人生は儲
げ物、天の賜と思って感謝しながら大事にしてその次の真剣勝負に取り掛れ。所詮人
生は生きて行くのではなくて刻々に死んで行くのだ。即ち取返しのつかぬ過去と云う
ものの御葬式をしながら、残り少なになって行く将来の命のお守りをしつゝ行く様な
ものである。惜しいことをしたからもう一度やり直そうと云う訳にも行かない。だか
ら大事な人生だから考え様によっては神様が自分を「あの男はどれだけ真剣になれる
か絶えず試して居るのだ」と云う風に考えるのも良いし、又は「自分はどれだけ真剣
になれるものか常に自分で自分を試しているのだ」と思っても宜しい。それも「神様
に対してやるのだ、誰が何んと言ってもやるんだ、如何に苦しくても最後まで貫くん
だ」と言う信念でやること即ち他人に見せるためにやるのじやないと考えることが一
一七
一八
番大切な点であると思う。
○才のない者が一生懸命やって之以上出来ないと云う所までやったのなら私は決して責
めない。之は世の中で一番尊い事であると私は思う。只それ以上出来る癖に横着して
又は狡く立廻ってやらないと云うことは白分達を造って呉れた神様の御意に叶わない
ことであると思う。斯う云う男に限って自分の周囲に対して不平不満許り云うて居る。
自分が心の中に不満不平を蔵して居る男に対しては、神様も同様常に満足を感じない
ものと知れ。
○私は諸君に世間的に偉い人即ち総理大臣や大将になることを望むよりは世の中に無く
てならぬ人、必要な人即ち尊い人になって欲しいと思う。日本に首相や大将許り一時
に左様沢山出来ても日本は左程発展はせぬ。矢張り小なりとは雖も其の与えられた責
務をガツチリ守り抜く男が多い方が日本の土台は確実なりと信ずる。
○「当り前の事をやって居たのでは当り前の結果しか出ない」と云うことは天地の原則
である。即ち吾々はどうも他人と同じ当り前のことしかして居らない癖に当り前以上
のよい結果を望みたがるものである。
そんな虫の良いことが天下に通用しては堪ったものではない。
若い者は決してかゝる投機的な虫の良いことを望んでは絶対に相成らん。
○何処までも自分の努力で努力相応の結果を贏ち得ることをのみ考えよ。努力なしに良
い結果を得たとしてもそれは少しも人格も磨かれて居らなげれば又実力にもなってい
ない。
○真の日本人としての人生観は、私は「与えられた職域を通じて只ひた向きに御奉公す
ること」に置かねばならぬと思う。即ち黙々として臣道を実践する而も其のために自
一九
二〇
分のありたけのカを惜まずに努力をする。特に今の世に於ては日本男児ならば身を挺
して一人国難に殉ずる覚悟が絶対必要であると信ずる。
○寮と云うところは斯う云う人生観を開かせる道場だと自分は考えている。
寮は室が思いの外に縞麗で食費が安くてうまいものを食わして呉れるから宜しい、な
どと間違えて貰っては甚だ困る。寮は下宿屋でもなければアパートでもない。
○寮で本当の人間協同生活の妙諦を把握して貰いたい。将来世の中に出てから一人では
仕事は出来ない。特に大事業は一人では出来ない。それも如何にして皆と一緒に而も
明朗潤達に一致協力してお互いに愉快に、力強く、勇敢に働けるかと云う原動力を作
るのが寮生活の真意義なりと私は信ずる。少くとも寮生活が此の原動力を掴み得る絶
好のチヤンスであると思う。即ち学校生活としては最後であり社会に飛び出す最初で
あり、而も二度と得難い機会は寮生活にあると私は自分の体験上からも信ずる次第で
ある。
○それも只「寮の飯は不味くない。下宿屋に居るよりも沢山食べられてよい。自分は何
もせずに居っても幹事が世話をして呉れるからこんな呑気なところはない。結婚する
までは世話がなくて良いから何んとかして粘ってやろう」と云う様に寮を考えて何年
居っても他人の世話は何もせず寮を出る時の実感が
(何年かの寮生活)ー(寮の飯の量
)=0 と云う風であってはならない。○寮の生活を右の如く何年居っても零ならしむるか、或は真に意義あらしむるかは各寮
生の心構え一つである。
会杜は将来の三菱を背負って立つ者又は尠くともその中心人物となる者は寮生から出
るのだ。否此の中から将来の日本を背負って立つ者が必ず出なくてはならないと堅く
信じ期待しているのだ。
二一
二二
○「どうせ俺は駄目だよ」などと今から意気地のないことでは困る。「俺は将来少くと
も三菱の一方の旗頭になって見せる」と云う位の意気込があって欲しい。
以 上
(昭和十八年四月十八日)