スポーツ履歴

 

昭和29年8月 東芝主催全国電気店野球大会が開催され、中国地方代表チームの一員として川崎球場にて試合に出場、ベスト4まで進出。プラカードを持っているのが本人。

 

昭和33年4月 京都大学農学部グラウンドにて100メートル走のタイム取得が有り、13秒00でクラスでトップとなった。

 

 

 

 

 

 

 

昭和34年9月 京都大学吉田キャンパス野球場にて行われた体育実習の軟式野球試合において、筆者の打球が右翼手の頭上を超えてグランドのフェンスを越え、東大路通りにまで飛んで行った。

我ながらびっくりの大ホームランだった。推定飛距離約100メートル。

 

 

 

 

昭和36年5月 滋賀県大津市瀬田川にて行われた京都大学学部対抗ボートレースにエイトの一人として参加したが、1回戦で惜敗した。

 

昭和43年5月 三菱重工長崎造船所陸用タービン設計課ボーリング大会にて、スコア137で優勝。

 

昭和51年6月 長崎市民早朝野球大会に出場し、2死満塁で大橋球場右翼フェンス直撃の走者一掃2塁打を放つ。

 

 

 

 

 

昭和62年1月 秋田県皆瀬村スキー場にて48歳で初めてスキーを体験。その後、岐阜県飛騨市神岡町流葉スキー場、佐賀県佐賀市富士町天山スキー場にてスキーを愉しむ。

 

平成9年10月 長菱設計社内ボーリング大会にて、第1ゲーム186、第2ゲーム173、アベレージ179.5を出し優勝した。(2位は173)

第1ゲームでは、3連続ストライクのターキーでスタート。

 

平成9年10月 長崎カンツリー倶楽部で行われたゴルフコンペにて、316ヤード Par 4の14番ホールにてティーショットをグリーンの5メートル手前まで運んだ。飛距離約300ヤードであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和元年12月 東京2020オリンピックの聖火ランナーに応募し、100倍の倍率の中 トヨタ自動車枠で選出されるも、コロナ禍のため1年延期となる。

 

令和3年5月8日  東京2020オリンピックの聖火ランナーとして、長崎県佐世保市内を走る。 詳細ページへ

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