ヤマタノオロチの伝説

 

この伝説は資源開発の物語の変化したものとして有名な伝説である。

ヤマタノオロチ伝説の発祥地は出雲地方のある小さな村である。

その村には高い山が聳えていた。人々は山の裾野まで田畑を拡げていった。

毎年梅雨になると、大雨が降り続く。その雨は土砂や泥水となって八つの沢を深く削りながら、その田畑に流れ込んだ。土砂には砂鉄が多量に含まれているため、しばらくたつと、まるで大蛇の舌のように赤く変色してしまうのだ。人々は泥の下に埋まった田畑を涙を流しながら耕してゆく。

その村に“大陸の知恵”を持ったひとりの男が訪れた。その男は赤い土を握りしめて、その土の中に砂鉄が豊富に含まれていることに気付いた。

男は村人に田畑を救う方法を教えた。

男と村人は沢にカンナと呼ばれた“ 鉄 ( かん ) 穴 ( な ) ”を掘削した。これと並行して、山の斜面には水路が設けられ、そして要所要所には溜め池が作られた。

鉄穴場に降った雨は土砂となり、水路を流れた。比重の相違から土砂の方は早く流れるが、砂鉄は溝床に沈んでいく。

こうして沈下された砂鉄を洗い場で木製の茶盆のようなもので何回となくすくい上げて砂鉄を回収した。この動作を舞踊化したものが、どじょうすくい踊りとして有名な安来節の踊りである。

だから、安来節のどじょうすくいは柳川鍋の材料のどじょうではなく、“土壌”のことである。安来節は古来出雲地方一帯に歌われた舟歌で、<出雲節>と呼ばれていた歌である。

そして、男は村人にタタラ製鉄法という砂鉄を原料に鉄を作る独特の技術を教えた。

その方法は砂鉄と木炭を使う製鉄法だ。

この“ 高殿 ( タタラ ) ”とは、炉や付属設備を含めた建物のことだという。一説にはタタール人の技法が中央アジアから朝鮮半島を経て日本に伝えられた“タタール”が“タタラ”になったとも言われている。

長方形の船型の炉の中で木炭を燃焼させて、交互に砂鉄と木炭を入れていく。

こうしてできた玉鋼から男は剣や鍬などの農工具を作ることを村人に教えた。

一年後、その男は名も告げずこの村を去って行った。

これが“ヤマタノオロチ”の原型である。しかし、この資源開発の話では、何千年も語り伝える情熱は生まれない。

だから、古代の日本人はこれを“ヤマタノオロチ”伝説につくり変えた。

八つの沢を持つ山、それは八つの頭を持つ“ヤマタノオロチ”という巨大な龍の化け物。

美しい処女のいけにえ、それは新しく耕した田畑。田畑は食物を生産するという意味では女性的と言える。

八つの頭のひとつひとつにかめ酒を飲ませる。これは沢に鉄穴を掘ることだった。

最後に酒に酔った八つの頭を持つ龍の化け物を殺して首から剣を取り出すこと、これは砂鉄から剣を作り出すことであった。

 

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